小説

時期外れの年賀状 by やぐちけいこ

「何を一所懸命見てるんだ?」
振り返ると誰もが振り返るのではないかと思うくらいの美丈夫がそこに居た。


ここは天界。神の国。
七人の神が住んでいた。


唯一の女神である弁財天は人間界のある一点を見つめていた。
話しかけてきた大黒天を見て相変わらず顔だけは良いなあと思いつつ「可愛い雪だるまを見つけたの。近くで見てみたいわ」と我がままを言ってみる。
大黒天は恵比寿や毘沙門天達と顔を見合わせまた始まったなと苦笑する。
唯一の女神の弁財天はよく人間界に下りたがる。人間から創造された自分達である。
人間が大好きなのだ。
そんな弁財天を妹のように可愛がり姉のように慕い母のように尊敬もしていた六神たち。


さっそく船を用意しその可愛い雪だるまを見に行く事になった。
なんの変哲もないどこにでもある小さな花壇の片隅にそれはあった。高さ20cmも無いだろう小さな雪だるま。目と口は葉っぱと小枝で作られていた。
人影も無くいったい誰が作ったのだろう。これを見に来る人がいるとは思えないそんな殺風景な場所。見渡しても田んぼばかりで民家も少ない。通りすがりに作られた雪だるま。
何故か気になって仕方が無くて眺めていたのを見つかってしまいそれなら見に行こうと我がままを言って連れてきてもらった。
天気がこのまま良くなり気温も上がったらすぐに融けて無くなってしまうだろう。
「よし、私が友達を作ってやろう」と雪を固め始めた布袋和尚。鼻歌を歌いながら愉しそうだ。
「これで開運間違いなしだ。この私のお手製だからな」と笑っている。
雪だるまに寄り添うようにしている白ヘビが出来あがっていた。
「うわあ、すごい。私も何か作ろう。この子達を鎌倉の中に入れようよ」弁財天が雪を固め始める。
人間に崇められ祀られている7人の神は愉しそうに雪遊びをしている。
皆でかかればものの数分で鎌倉は出来あがり雪だるまと白ヘビはその中に収まった。
「この中に入ってみたい!」と弁財天が騒いでいる。
仕方が無いので大黒天は自分の打ち出の小槌を出し一振り二振りとみんなの身長を小さくした。
しばらく弁財天は雪だるまに抱きつき冷たいと言っては笑い白ヘビを突いては布袋和尚をハラハラさせていた。


天界に帰りつき一同みなぐったりと身体を休めていると、疲れを知らない弁財天が一人一人に年賀状を手渡ししている。
もうすぐ3月。春だと言うのに今頃?
それは大黒天の手にも渡された。
「はい!いつも我がまま聞いてくれてありがとう」と満面の笑みで言われたら何も言えず黙ってそれを受け取った。
そこには”今年もよろしく”と書かれた文字の下に宝船に乗った自分達7人と鎌倉の中にいる雪だるまとそれに寄り添う白ヘビの姿が描かれていた。
そう言えば今年は巳年だなと感慨にふけっていると遠くから弁財天の声が聞こえた。
「あ、ちなみにその年賀状みんなはずれだから」
余計に疲れが増した気がしてため息を吐く六神だった。
数日後再び雪だるまを見に行った弁財天だったがそこには小さな小枝と水たまりに浮かぶ葉っぱだけが残されているだけだった。


クシュンクシュンと弁財天がくしゃみをする。
「ん~~~。誰か噂してるのかなあ。格好良い人だったら良いのに」などと独り言を言っているがそれを聞いた他の神たちは一同に思った。
(いや、それは無い。花粉症だ花粉症。噂くらいでくしゃみをしていたら身体が持たないからな)。
そんな事を思っている六神達だが時期外れに貰った年賀状はそれぞれ大切にしまわれているのだった。