ショートショート(三題話作品: 犬 梅 映え)

走馬灯に照らされて  by  夢野来人

ピーヒャラピーヒャラ、テンテンツクツクテンツクツク…
どこからともなく聞こえる笛太鼓の音。夜にもかかわらず真昼のような明るさ。その音と明るさに、私の足は自然と誘われた。
「あっ、これは祭りだ!」
その場所に近づくに連れ、醤油の焦げた良い匂いもしてきた。
「焼きとうもろこし、食べたい」
「坊ちゃん、おかあさんにお金もらっておいで。それに、こんな時間に一人で歩いていると危ないよ」
祭りにはいろんな屋台が並んでいた。とうもろこし、わたあめ、風車、ヒーローやヒロインのお面、金魚すくい、なかでも、私の目を引いたのは、くるくる回る走馬灯。
周りが明るくても、ロウソクに照らされてくっきりと浮かび上がる馬の姿が、妙に夜空に映えていた。

小学校の運動会、朝から母がお弁当を作ってくれている。
「おにぎりはいくつほしいの?」
「三つ食べたい」
「どんなおにぎりがいいの?何かリクエストある?」
「鮭と昆布と、一番好きなのは梅!忘れないでね」
「はいはい。おっきな梅干し入れておくわね」
お弁当ができる間に朝の挨拶を済ませておこう。私は仏壇の前に座った。
「おとうさん、行ってまいります。今日の運動会は頑張りますので、見に来てください」
すると、仏間に置いてあった走馬灯が一瞬揺れたような気がした。

お盆でお坊さんがお経を唱えている。そうだ、母親が亡くなった初盆だ。お経は延々と続く。その隣にあるお盆提灯が、いつしか走馬灯のように見えた。

子供を連れて遊園地。娘の一番のお気に入りはメリーゴーランド。子供の夢を乗せて、幸せを運ぶ乗り物。見ているだけで見惚れてしまう。これは、まるで大きな走馬灯のようだ。

庭先から聞こえる犬の声。私の飼っている犬だ。それに、いつもは見かけぬ親戚まで集まっている。
「優しい人でしたね」
「動物を可愛がっていました。特に猫が好きでしたが、私は猫が苦手だったので、ペットは犬で我慢してもらいました。今思えば、猫を飼ってあげれば良かったと…」
「まじめでしたね」
「休みの日に一人でどこかへ遊びに行くということはありませんでした。まじめなのか友達がいないだけなのかはわかりませんが」
「うちのやつなんか、休みに家にいた試しがありませんよ。羨ましい限りです」
「これといった趣味もなかったんでしょうね」
「贅沢もしない人でしたね」
「何しろ好きな食べ物は梅のおにぎりって言うぐらいですから。何でも運動会のお弁当に、母に作ってもらった梅干しのおにぎりの味が忘れられないそうですよ」
「でも、確か変わったものがお好きではありませんでしたか?」
「ああ、走馬灯のことですか?子供の時にお祭りの屋台で見た走馬灯が、それはそれは綺麗だったそうです。その走馬灯がどうしてもほしくて、屋台の食べ物もいらないし、金魚すくいもしないから、走馬灯を買ってとおねだりしたそうです。それ以来、ずっと仏間に飾ってたそうですよ。あの人の走馬灯好きは大変なもので、提灯を見ても走馬灯に見えるそうですし、メリーゴーランドだって、大きな走馬灯に見えたらしいです」
「それで、枕元に走馬灯を置いていらっしゃるんですね。人生の最後には、今までの出来事を走馬灯のように思い出すとも言いますしね」
「最後にもう一度見てやってください」
白い布をめくると、走馬灯に照らされて、何とも穏やかな顔が浮かび上がって来た。

『そうか。幸せな人生だったんだな、俺…』